特別講師一覧

ランサーズを使って稼ぐ体験をしよう。 根岸泰之氏

むちゃくちゃ夢中になれること、好きなことをみつけて欲しい
日大高校でプロのコーチの指導で究めたサッカー

開志専門職大学

高校生活では何をされていのですか?

根岸泰之

日本大学高等学校に入学し、60〜70人の部員がいるサッカー部に入部して、サッカー三昧の生活でした。2年生のときはインターハイの2回戦まで進出したことがあります。

開志専門職大学

すばらしい! サッカーの強豪校だったんですね。

根岸泰之

実は、現在のベルマーレ平塚で活躍された元プロサッカー選手がコーチでした。精神論ではなく、実践的なサッカーを重視していました。

開志専門職大学

ポジションはどこだったのでしょう。

根岸泰之

ボランチ、MF(ミッドフィルダー)です。

開志専門職大学

運動以外に本も読まれましたか?

根岸泰之

読書も好きでした。大好きな作家は司馬遼太郎さんです。『坂の上の雲』や『燃えよ剣』などですね。

根岸泰之

歴史上で、いちばん好きな人物は、新選組の土方歳三です。彼もまた弱者であるにも関わらず、鉄砲隊に突っ込んでいきます。そんな「死をもって信念を貫く」姿勢に惚れました。

大学に行かなかった自分から逃げるようにオーストラリアへ

開志専門職大学

大学はどちらですか?

根岸泰之

高校を卒業し、大学には進まず、オーストラリアに行きました。ワーキングホリデーのビザを使って。

開志専門職大学

いきなり海外生活ですか。かっこいいですね。

根岸泰之

いや、そんなかっこいいものじゃないんですよ(笑)。同級生の友達がみんな進学しているのに、自分は大学に行かなかった。というより力不足で行けなかったというのが正しいですね。

根岸泰之

そんな自分がたまらなく嫌だったし、居場所もありませんでした。だから日本から逃げたかったんです。

開志専門職大学

オーストラリアの生活で自分が変化したと感じたことはありますか?

根岸泰之

価値観が大きく変わりましたね。

根岸泰之

さまざまな国の人に出会って、自分がいかに狭い日本の常識の中で生きていたかを思い知りました。

根岸泰之

現地で知り合ったザンビアから来ている40歳のおじさんが、実は「シドニーの大学に行きたい」という夢を持ちながら、親族を世話するために働いて、仕送りをしていたり。

根岸泰之

それまで自分は不幸だと感じていたのですが、ぜんぜん自分なんて不幸でもなんでもなく、むしろ幸せかもしれないと考えさせられる場面に多々遭遇しました。

根岸泰之

「自分は自分、あなたはあなた」と割り切ってしまえば、不幸を幸福に変えてしまうことも可能です。「世界には多様な価値観があるのだな」と痛感しました。

開志専門職大学

ワーキングホリデーには期限があるのでは。

根岸泰之

そうなんですよ。1年間で帰国しなければならなかったのですが、飛行機代がありませんでした。

根岸泰之

そこで、おんぼろの自動車を町工場に売ったところ、300ドルで売ったのですが、まだ日本までの旅費には足らず、行けるところまで行こうということで、インドネシアバリ島に行きました。

開志専門職大学

バリ島では、どのような生活をされていたのでしょう。

根岸泰之

バリ島には日本人観光客が多いので、旅行者の荷物を運んだり、屋台で焼きそばを作ったりして生活していました。

根岸泰之

バリ島にも友人ができましたね。3か月ほど過ごして日本に戻りました。日本では夏の8月ぐらいだったでしょうか。

再び渡米してスケボーの聖地をめざす

開志専門職大学

日本に戻られてからはどうされました?

根岸泰之

日本に帰国してすぐに屋久島に旅にでました。

開志専門職大学

なぜ屋久島に?

根岸泰之

外国人に出会うと必ず「屋久島に行ったか?」と聞かれたんです。「あそこはいいぞ」と。「日本人なのに屋久島に行ったことがない自分はどうなんだ?」と思って、屋久島に惹かれました。

開志専門職大学

辿り着いた屋久島はいかがでした?

根岸泰之

最高でしたね! ヤクジカ、サル、イヌがいたり、原始的な部落が残っていて、自然が驚くほど美しいんです。

根岸泰之

屋久島は1か月に35日雨が降るといわれているぐらい雨が多いので、野宿というわけにはいかなくて、ラーメン屋の親父に頼んで店を締めたあとの店内に泊めてもらったりしました。

開志専門職大学

そして屋久島から戻って、東京で就職されたんですね。

根岸泰之

いや、アメリカに行きました。

開志専門職大学

えっ! また海外ですか。

根岸泰之

友達がスケートボードをやっているのを見て、スケボーにはまり「スケボーの聖地に行こう!」と。まずロスアンジェルスに行って、それからサンディエゴに行きました。

開志専門職大学

実際にスケボーの聖地で滑ってみましたか?

根岸泰之

サンディエゴで、有名なスケーターがヘリからバーチカルランプに飛び降りて滑ったというニュースが話題になっていたので、そこに行ってみました。

根岸泰之

ところが実際に立ってみて「こりゃ無理だ」と思いました。斜面があまりにも鋭角でU字型なんですよ。飛び降りるようなものだ、と。

開志専門職大学

その後もスケボーの聖地巡礼でしょうか。

根岸泰之

そうです。フィラデルフィアのLOVE PARKに行って、そのあと2000年の11月にニューヨークへ行きました。

根岸泰之

ニューヨークは街中スケボーに乗っている人ばかりです。21世紀のカウントダウンはそこで迎えました。

開志専門職大学

アメリカで就職されたのですか?

根岸泰之

いえ。2001年の1月か2月頃、日本に戻りました。そして旅はやめて、働き始めました。

フリーライターとして仕事をスタート

開志専門職大学

日本で働き始めたときのことから聞かせていただきます。

根岸泰之

就職活動をしたのですが、どこも不採用でした。返信がなかったですね。

根岸泰之

そこで、同級生の知り合いに、ライターとして安定した収入を得ている師匠を紹介していただいて、弟子になり、フリーライターになりました。

開志専門職大学

どのようなジャンルの原稿を書かれていたのでしょう。

根岸泰之

師匠がゲームとITの分野に強かったので、その関係の仕事をもらってしました。

根岸泰之

また、その仕事をしながら、自分で出版社に営業をかけて、映画雑誌や情報誌に仕事を拡げていきました。

開志専門職大学

駆け出しのライターはタイヘンだったでしょう。

根岸泰之

面白いエピソードがあります。映画雑誌の編集者から「資料を送るから、アーノルド・シュワルツネッガーについて、2ページの原稿を明日の朝までにほしい。」と連絡が入ったんです。夜中の11時頃でした。

根岸泰之

その頃は「依頼を断ったら、仕事がなくなる」と、びくびくしていたので「わかりましたっ!」と請けたんです。

開志専門職大学

それでどうなりました?

根岸泰之

資料として送られてきたのは、シュワルツネッガーのムキムキな写真が3枚(笑)「これが資料?!」と。

開志専門職大学

それで原稿を書かれたんですか?

根岸泰之

もちろん、書きました(笑)

開志専門職大学

すごいですね。

根岸泰之

はじめて雑誌に原稿を書いて、自分の原稿が掲載されている雑誌がコンビニエンスストアに並んでいるのを見たときには感激しました。

根岸泰之

徐々に収入も増えて、贅沢しなければひとり暮らしができるようになりました。ただ、続けていくうちに、だんだん仕事に欲が出てきました。

開志専門職大学

それはどういうことでしょう。

根岸泰之

企業の退職者向け機関紙に書いた、「脳梗塞で倒れて、大好きなゴルフもできなくなったけれど、いまはリハビリで回復して、わずかだけれどゴルフができるようになりました」という実体験の取材記事が掲載されると、読者から手紙がたくさん届きました。

根岸泰之

そこから、「文章を書く楽しみは、読者からの反応があることじゃないか」と考えるようになりました。

開志専門職大学

その結果として、転職されたわけですか?

根岸泰之

そうです。結局フリーライターの期間は2年で終えました。

根岸泰之

雑誌では反応はわかりづらいですが、インターネットのメディアであれば記事を見た人からのレスポンスが得られるだろうと考えて、インターネットで求人広告を展開しているエン・ジャパンに転職しました。

根岸泰之

求人広告を読んだ人が新しい仕事を選べば、「人生の舵を切る」転換期を作ったことになります。「これはすごいことだな 」と考えました。

インターネットさえあれば、仕事を辞めなくてもいい

開志専門職大学

エン・ジャパンではどのような仕事をされたのでしょうか。

根岸泰之

入社した当初は、求人公募のコピーライターでした。ところがその後、マーケティング、プロモーションの部署に異動しました。

開志専門職大学

そこからさらに転機があったのだとか?

根岸泰之

子どもが3歳のとき、双子のひとりが白血病にかかって入院しました。仕事と看病を両立させるのは、物理的に困難です。会社を辞めることも考えました。

根岸泰之

しかし、営業職ではないのでインターネットさえあれば仕事はできます。そこで1年間は病院にいながら仕事をしていました。

根岸泰之

幸いなことに子どもの病気は快復しましたが、そのときに深く考えさせられました。

根岸泰之

同じ病棟で子どもたちを看病している他の親たちのなかには、子どものために仕事を辞めざるを得なかったり、家を売り払って借金を抱えてたり、厳しい生活を送る方も少なくありません。

根岸泰之

しかし、自分はインターネットさえあれば仕事ができる職業だったため、仕事を続けることができました。「この不平等さは、どういうことだろう?」と思いました。

開志専門職大学

インターネットで可能な仕事があれば、職場に制限されることはないと気付かれたんですね。

根岸泰之

はい。そんなことを考えていたところ、ランサーズの代表である秋好陽介さんとの出会いがありました。話してみると共感することが多かったので、2013年、子どもの退院と前後して転職しました。

開志専門職大学

ランサーズに入社されてから、どのような仕事をされていましたか?

根岸泰之

現在はフリーランス向けの新事業の立ち上げに関わっています。入社したころはベンチャー企業なので、とにかく何でもアリでしたね。

根岸泰之

前職の経験からマーケティングにも携わりました。気がつけばCMOになっていました。

自分の人生は自分で選択しよう

開志専門職大学

開志専門職大学では、どのようなことを学生たちに教えたいと考えていらっしゃいますか?

根岸泰之

ランサーズというプラットフォームを利用して、個人事業主としてどうやって稼ぐのか、生きて行くのか、価値を創造するのか、という方法論を展開して行くつもりです。

根岸泰之

インターンシップの代わりに、ランサーズを使って稼ぐ体験をしたり、フリーランスの適正があるかどうかを考えたり、理論だけで終わらない講義ができるといいなと考えています。

開志専門職大学

高校時代にはどんなことをしておけばいいとお考えでしょう。

根岸泰之

「むちゃくちゃ夢中になれること、好きなことをみつけておく」とよいと思います。ひとつで構いません。それが大学時代や社会で活きてきます。

根岸泰之

夢中になっていると、仲間ができます。さまざまな経験をともに分かち合った友達は一生の財産です。

根岸泰之

自分の場合にはサッカーでプロをめざしていました。このときに考えたことがいまも役立っています。

開志専門職大学

サッカーを通していまでも役立っていることとは何でしょう。

根岸泰之

「戦略を考える思考プロセス」ですね。

根岸泰之

サッカーでは、ときには相手を騙したり、ウィークポイント(弱み)を突いたりすることも必要になります。これはビジネスにも活かすことができます。

開志専門職大学

今の高校生をどう思われますか?

根岸泰之

頭がいい子が多いと思います。ただ、「いい大学に進学すべき」「大学を出たら一流企業に就職すべき」という「べき論」に縛られていると感じます。

根岸泰之

もちろん大学を出て会社員になってもいいのですが、フリーランスになってもいい。芸人になってもいい。多様な選択肢があって、それを自分で選択することが大切です。

開志専門職大学

ありがとうございました。

特別講師 根岸泰之(ねぎし・やすゆき)

ランサーズ 執行役員 マーケティング部 部長
フリーランスのライターとしてキャリアをスタート。紙・Web媒体ともに多様なメディアで執筆。2003年10月、人材総合サービスを展開するエン・ジャパンに入社。制作部門長、プロモーション本部長を歴任。TVCM、OOH、Webなどあらゆる広告宣伝を手掛ける。2013年4月、ランサーズにジョイン。現在、執行役員CMO兼マーケティング本部長を務める。

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