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夢はキューピー・アフリカの初代社長を目指す。 中 努氏

「日本で初めてマヨネーズを作った」会社、そして「日本で最も大量のマヨネーズを生産し販売している」キユーピーにお勤めの中努さん。食品会社で働こうと思ったきっかけは、中学生の時に偶然目にした餓死寸前のアフリカの少女の写真だったと振り返ります。希望通りに食品会社に就職し、タイの工場では当初、現地の社員との意思疎通に苦労しながらも、後には心を通わせるまでになり、またタイで立ち上げた数々の新規事業を成功に導きました。海外で実績を積み、将来の目標に「キユーピー・アフリカの社長」を掲げる中さんにお話を伺いました。
マヨネーズで欧米人に負けない体格作りを 創業100年迎えた志(こころざし)ある企業

開志専門職大学

マヨネーズで有名なキユーピーにお勤めの中さんのお仕事について教えて下さい。

中努

マヨネーズに使われる食用油の購買の担当責任者です。と言っても高校生の皆さんにはピンとこないかもしれません。

中努

先物の穀物相場をみながら、為替の変動を考慮しながら、メーカーさんや商社さんと取引を行っています。

中努

ちなみに食用油を購入する量はキユーピーが日本一なんです。

開志専門職大学

先物とは何ですか?購買とは食材を仕入れるという意味でしょうか?

中努

先物というのは、たとえば、いま、コンビニでチョコレートが100円で売られているとします。1年後に100円で買うという約束を事前に結ぶことです。

中努

1年先の穀物相場というと、まだタネを植えてもないし、苗が生えてもきていません。だから1年後の(価格の)状況が誰にもわからないのですが、需要とのバランスを考えながらこれくらいの値段で買おうと、そういう仕事です。

開志専門職大学

うーん、まだ難しいですが、マヨネーズの原料を安く仕入れるために働いていると言ってもいいですか?

中努

まあ、そうですね。マヨネーズの7割は油からできているので、油を購買する値段はコスト(原価)に膨大な影響を及ぼします。

開志専門職大学

なるほど。さて、中さんがこれまでに携わってきたキユーピーでのお仕事で、一番手応えを感じたことは?

中努

やはりタイですね。タイに2011年から2016年まで5年間行っていました。現地のスタッフと一緒に多くの事業を立ち上げました。

中努

もともと、タイのキユーピーではマヨネーズとドレッシング、冷凍食品、割卵(卵を割ること)、カット野菜を扱っていました。

中努

しかし、不採算事業(儲けが出ていない事業)を整理して、継続する事業の効率化を実行し、さらに新しい事業を立ち上げました。

開志専門職大学

5年間にそれだけ?大忙しでしたね。

中努

私が赴任した時点でタイのキユーピーはすでに20年が経っていました。しかし、マヨネーズやドレッシングは20年前とあまり変わっていませんでした。

中努

そういう古い作り方に日本の技術を導入し、さらにフルーツソースや卵の加工品などの新商品をスタートさせました。非常にやりがいがありました。

開志専門職大学

それはすべて、中さんのアイデアで?

中努

いえ、私は社長ではないので、私だけのアイデアだけというわけではありません。上司と一緒に現地のスタッフと一緒に取り組みました。肩書きは生産の副部長でした。

開志専門職大学

キユーピーと言えば、マヨネーズのイメージが強い、誰でも知っている食品メーカーですね。

中努

当社は日本で一番、マヨネーズを作って、そして売っている会社です。また、日本で最初にマヨネーズを作って売ったのもキユーピーです。

中努

それだけではなく、カットサラダを日本で初めて製品化したこと、ジャムのブランドのアヲハタなど、マヨネーズ以外の商品も手がけています。

開志専門職大学

日本で初めてマヨネーズを作って売った!それはすごいことですね。

中努

はい、創業者の中島董一郎によって1919年に会社が立ち上げられました。創業者の言葉に「美味にして栄養に富んだマヨネーズを日本の生活必需品にする」というものがあります。

中努

彼がアメリカ留学した際に、アメリカ人の大きな体を見て、日本人も欧米人に負けない体格になれるように貢献したい、或いは 日本人も欧米人に負けない体格になるように貢献したい、と思ったことが会社設立のきっかけです。

アフリカで食品を作る会社立ち上げたい 飢える人も減るし、仕事も提供できる

開志専門職大学

そして今や、マヨネーズは日本の食生活に欠かせないものとなりましたね。中島さんがいなければどうなっていたんでしょう。

中努

しかも、彼はマヨネーズに使う卵を、卵白でなく卵黄にしました。戦前に立ち上がった会社ですから、卵黄だけを使おうとすると非常に高価だったことが考えられます。

中努

しかし、それでも栄養に富んでいなければと、卵黄にこだわったのです。そういう日本人の状況を変えていきたいという会社の理念に、私はそもそも共感しました。

開志専門職大学

それで、キユーピーに就職したいと?

中努

さらに遡ると中学時代に見た1枚の写真が今の僕の仕事につながっています。ケビン・カーターという写真家を知っていますか?

開志専門職大学

誰ですか?教えてください。

中努

ピューリッツアー賞(ジャーナリストに与えられる賞)を受賞した写真家です。

中努

「ハゲワシと少女」というスーダンの内戦の中、飢餓で死に絶えそうになっている少女を獲物として後ろから狙っているハゲワシ、という構図で撮影された写真が有名です。

中努

しかし、その写真を巡り、「写真を撮る時間があれば少女にパンを与えて救ってあげたらよかったのではないか」と、彼を非難する声が湧きあがったのです。

開志専門職大学

「報道か人命か」ということですね。

中努

それで、彼はピューリッツアー賞を受賞はするんですが、そういう論争に巻き込まれたことで、自身を「少女を救うべきだったではないか」というように精神的に追い込んで、受賞の2カ月後に自殺してしまうんです。

中努

そのことを中学時代に知って、なんだろう、こういう人がいるのに、自分も何かしなくちゃいけないと居ても立ってもいられなくなったんです。

開志専門職大学

正義漢なんですね。

中努

食品をアフリカにドネーション(寄付)するだけでなく、根本的な解決策としてアフリカで食品を作る会社を立ち上げれば、飢える人も減るし、仕事も提供できる、そういうことがやりたいと思うようになりました。

開志専門職大学

それで食品会社に就職しようと?

中努

ええ、アフリカにすでに出ている会社だと、自分の活躍の場はないと思って、まだ、これから出て行く会社を調べて、それでキユーピーを志望するようになりました。

開志専門職大学

キユーピーに就職されたのは何年でしたか?

中努

2005年です。

開志専門職大学

そうするとタイに行かれたのは入社7年目になりますね。自分で「海外に行きたい」と希望を出していたのですか?

中努

はい、手を挙げていました。

タイのキユーピーでは現地社員と同じ時間を過ごした 今でも「早く帰ってこいよ」と電話がかかってくる

開志専門職大学

タイで最初にぶつかった障壁とは?

中努

えーっとですね、やっぱり、何て言うんだろう、自分が言うことをなかなか現地の人が信じてくれなかったことですね。まあ、それはタイの人だからと言うわけでなく、どこでも同じなのかもしれません。

開志専門職大学

言うことを信じてくれない?

中努

はい、信用されていないなと最初は感じていました。彼らも長年、タイのキユーピーで製品作りに携わってきてプライドがあります。

中努

そこに僕が遠くからやってきて、言葉も文化も違う中で、いろんなことを言ってくる。なんだ?となるわけです。

中努

僕も最初はタイの人にはわかってもらえないと思って、週末になるとバンコクに出て行って、日本人だけでつるんだりしていました。工場はタイの首都のバンコクから離れた田舎にあったものですから。

中努

周囲に日本人もいないしレストランもない、屋台しかないような所でした。

開志専門職大学

タイ人にはわかってもらえないと思っていたんですね。その状況はどうやって変わったのですか?

中努

最初は通訳の人に全部任せていました。でも、生産があるから明日までに機械を直さないといけない、でも夜になって通訳は帰ってしまうというようなことが起こると、

中努

僕が残って現地のスタッフと一緒に機械を直して生産ラインを回したりするようになったんですね。それで、一緒に屋台でご飯を食べたりするようになって。

開志専門職大学

英語で?

中努

いや、現場に英語できる人はいないから、困らない程度のタイ語の日常会話ができるようになりましたね。

中努

そうやって同じご飯を食べて同じ時間を過ごしていると、いろんなことがかみ合ってきて、タイ人の従業員が僕に相談をしてくれるようになったんです。

開志専門職大学

心が通じたんですね。信頼されるようになった、と。

中努

最初の1年間は悶々としていました。でも、最終的に上手く回るようになるまで2年はかかりましたね。

開志専門職大学

タイ語は自然に身についたのですか?

中努

やはり、この人と喋りたいという思いがあれば言葉はなんとかなるものです。

中努

現場のパートのおばさんにも「何に困っているの?」と聞きたいし、聞かなければいけないですからね。

開志専門職大学

タイで働いてよかったなあ、と思うことは何ですか?

中努

今でもね、現地のスタッフが深夜にラインで電話してきてくれるんですよ。相手は酔っ払っているんですけど、「早く帰ってこいよ」ってタイ語で言ってくれます。それを聞くと、本当に嬉しいですね。

開志専門職大学

それは嬉しいですね。それだけ中さんが彼らにとって忘れられない存在という証明ですね。

開志専門職大学

ところで、そんなタイで働いて感じた日本の素晴らしさとは?

中努

タイ人によく言われたのは「戦争に負けた後、経済大国に成長したことは素晴らしい。日本人の技術や特質に一目置いている」ということでした。

中努

僕自身は、個人のパワーが活かされて強い組織を作ることができるのが日本の会社だなあと思います。でもキユーピーでしか働いたことがないので、他の日本の企業とは比較できませんが。

中高大と打ち込んだバレーボールで鍛えられた 大学では鶏の遺伝子組換えを夢中で学ぶ

開志専門職大学

タイでも現地のスタッフにそこまで慕われた中さん、子どもの頃から人懐こかったのでしょうか?

中努

いやあ、根暗で体が弱くて入院を繰り返していました。

開志専門職大学

どちらのご出身ですか?

中努

岐阜県多治見市です。

開志専門職大学

おお、夏になると最高気温を記録する所ですね。埼玉県の熊谷と双璧。

中努

よく知ってますね(笑)。僕はそこで漫画ばかり読んでました。将来は漫画家になろうと思って、模写したり、自分でも描いたりしていました。

開志専門職大学

アフリカの少女の写真に出会ったのは中学時代?

中努

そうです。大きな衝撃でした。でもその頃はバレーボールに夢中でした。県大会で優勝するようなバレーボール部だったので、それでずいぶん鍛えられました。自信も出てきました。

開志専門職大学

根暗からの脱却?高校でもバレーボールは続けました?

中努

高校でもバレーホールばかり。盆も正月も休まずバレーボールの日々でした。

開志専門職大学

大学はどちらですか?

中努

名古屋大学で生物機能工学を専攻しました。

開志専門職大学

難しそうですね。

中努

いえ、もともと植物が大好きだったんですが、アメリカから帰ってきた教授が遺伝子組換え技術の専門家ということで、名古屋大学に行けば、その教授の研究室で面白そうなことができそうだと志望したのです。

中努

ところが、僕が入学したら、その先生は退官(退職)しちゃって、その隣の研究室に入りました(笑)。そこで、鶏の遺伝子組換えを夢中になって学びました。

中努

しかし気がつくと毎日、研究のために鶏を殺していたんです。そんな時にふと、自分は何やっているんだろうと我に返りました。僕の原点はケビン・カーターなのにこれでいいのか、と。

開志専門職大学

鶏を殺している場合ではないと思ったんですね。

中努

そうです。原点に返って考えると、もともとは飢餓に飢えた人々に貢献したかったはずだったことを思い出しました。

中努

現地で本当に役に立つ仕事に就かないといけない、と思って、それで食品業界に舵を切って、理念に共感したキユーピーに入社して今に至ります。

開志専門職大学

中さんが、これから大学生になる高校生にアドバイスするとしたら何と言いますか?

中努

自分の声を聞いておいたほうがいいんじゃないかって言います。

開志専門職大学

自分の声?

中努

そうです。自分のことは本来、自分が一番よくわかってないと思うのです。何に興味があるんだろうということに、ノイズ(雑音)が大きすぎて気づけないでいるかもしれません。

中努

自分は何が好きなのか、そもそも自分とは何者なのか、ということを拾い上げる期間が大学の4年間だと思います。

中努

だから旅行に行くとか仕事(バイト)をしてみるということも、自分が気になるものを見つける手助けになるはずです。

中努

僕自身は大学でもバレーボールをやりすぎて、それはそれでスポーツを通じてできた友人と、かけがえのない時間を過ごせて良かったですけど、でももっと他のことに時間を使えばよかったと思うことがあります。

中努

豊田佐吉(トヨタ創業者)の言葉に「障子を開けてみよ、世の中は広いぞ」というものがあります。

中努

一人の人間が知っていることなんて小さいんですよ。それで満足したり、知ったような気持ちになってはいけない。せっかく時間があるんだから自分の世界を広げることに努めて、自分の声が聞こえるようにしてほしい、そう望みます。

中努

特別講義では、カッコ悪くてもいいので、チャレンジすることの大切さをお話ししたいですね。

中努

チャレンジしてコツコツ積み上げることで求めていたものが手元に築けるんだということを伝えたいです。もちろん僕のタイでの経験もお話ししますよ。

開志専門職大学

ところで、最近の若者は内向きだと言われることにどう思いますか?

中努

そんなことないと思います。僕のような世代からすると若者の状況が見えにくいだけで、実は彼らのサイバーコミュニケーション力には及ぶことができません。

中努

知らない人とバーチャルの世界でチームを組んだりしてゲームをする、そこには海外と同じくらい未知の世界が広がっています。

開志専門職大学

中さんの夢は?

中努

それはもうキユーピー・アフリカの初代社長です。今38歳なので10年後くらいにはそうなりたいです。

開志専門職大学

それが中さんが中学生の時に聞いた「自分の声」に基づく目標ですね。それでは特別講義を楽しみにしています。

特別講師 中 努氏

1980年岐阜県多治見市出身。名古屋大学大学院を卒業後にキユーピー株式会社に入社。2011年間タイに赴任し、新規事業を立ち上げる。2016年、ビジネス・ブレークスルー大学院でMBA課程を修了。現在はマヨネーズの生産に欠かせない食用油の購買を担当。東京都内在住。趣味は料理と子どものサッカーの審判。

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