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ボーイングと一緒に航空機を作りあげる。その数4年で49機。 久野嘉一氏

整備士からスタートし、ボーイング747の一等航空整備士の国家資格を取得、さらに15年間にわたり、ANAの客室を快適な空間にするために取り組み続けた久野嘉一さんは、2015年4月から2019年3月まで、ワシントン州シアトル近郊にあるボーイング社敷地内の米州技術駐在という職に就いていました。ANAが航空機メーカーのボーイング社に発注した機体の製造過程を身近で確認し続け、最後に完成品を受け取るという重大な責任を伴う仕事です。日本へ帰国間近の2019年3月下旬、桜が咲き誇るシアトル近郊のボーイング社で久野さんにお話を伺いました。
ボーイングと密に連絡を取りながら、4年間で49機の機体完成 乗客に安心して乗ってもらうために点検、試験を重ねる

開志専門職大学

久野さんのお仕事について教えてください。

久野嘉一

私が今担当しているのは、ANAから(機体を製造している)シアトルのボーイング社に常駐しまして、

久野嘉一

決められた納入日に納品させるために、ボーイングと一緒に弊社が発注した航空機をつくりあげていくという仕事です。

久野嘉一

さらに、国内、国外で使用しているボーイングの機体に何らかの問題が発生した際に、その不具合を是正して問題を解決していく業務も担当しています。

開志専門職大学

ボーイング社の敷地内にオフィスを置いて、非常に密接に連絡を取り合っているのですね。

久野嘉一

そうです、常にボーイングの方と連携を取っています。

開志専門職大学

久野さんがボーイング社内にある今のオフィスに来たのはいつですか?

久野嘉一

2015年4月です。実は今年の4月から日本への帰任が決まっていまして、ちょうど4年間、ここで過ごしました。

開志専門職大学

4年間の実績で一番誇れることを教えてください。

久野嘉一

来週、(サウスカロライナ州)チャールストンで調印式がある飛行機を数に入れると、私がボーイングと一緒に働いて納品した機体の数は49機になります。

久野嘉一

多くの調印式でサインできたことを誇りに思います。

開志専門職大学

4年間で49機とは、すごい数字ですね!ちなみに調印式とは何ですか?

久野嘉一

実際に、ボーイングが完成させた機体の所有者が変わることを示す証書にサインすることで、ANAがその機体を受け取るセレモニーです。

久野嘉一

英語ではサイニングセレモニーと(Signing Ceremony)言います。

開志専門職大学

大きな責任が伴うお仕事ですね。

久野嘉一

確かにそうです。お客様に安心して乗っていただける安全な機体に仕上げていかなければなりません。

久野嘉一

決められた箇所の点検を行いながら、さらに機体の健全性などをチェックしていきます。

久野嘉一

ボーイング側だけの点検ではなく、弊社が領収検査も行います。ナビゲーションシステムは正常か、電気のシステムは正常か、さらにエンジンは正常な回転数かなど、すべては品質の高い機体に仕上げるためです。

久野嘉一

そして実際に機体を飛ばして確認します。ボーイングのパイロットが飛ばし、弊社側でも確認します。

機内の客室の不具合を是正し、快適な空間を創り出す部署に15年 客室プロジェクト・リーダーとして改善に取り組みANAは五つ星獲得

開志専門職大学

こちらにいらっしゃる前はどのような仕事を担当されていたのですか?

久野嘉一

私がANAに入社した最初の5、6年はドックでの勤務でした。ドックというのはハンガーとも言いますが、飛行機を点検して整備する工場です。ここで整備の仕事をしていました。

久野嘉一

さらにその後、客室技術という部署に異動しました。ここでは機内の客室におけるあらゆる設備についての不具合の報告を受けて、お客様にご迷惑をかけないようにメンテナンスをすることに携わっていました。

久野嘉一

また、「モニターを大きくする」だとか「座席の間隔を広げる」だとかの変更に関する指示を整備士に出していました。

開志専門職大学

なるほど、ANAを利用する顧客がより快適に機内で過ごせるように配慮して実行に移すお仕事ということですね。

久野嘉一

さらにその後、国際線の客室を担当する部署に移りました。客室技術に関する仕事はトータルで15年携わりました。

開志専門職大学

ボーイングでの機体の納品も大変ですけど、客室技術も私たち利用客が見えない所で実にきめ細かやかに働く大変なお仕事ですね。

久野嘉一

たとえば、アームレストで怪我をしたお客様からのご報告があれば、アームレストを全席点検して、同じような不具合がないか、また改善の余地はないかなどを徹底的に調査、研究します。

久野嘉一

より良い素材にしたり、改善の提案をメーカーに行うなど他の部位へ影響を及ぼさないかどうか、多面的に検討する必要があります。

久野嘉一

お客様には、安全な飛行機に安心感を持って乗っていただくということを目標にやってきました。

開志専門職大学

その結果、手応えは?

久野嘉一

弊社はエアラインの客室に対する評価がずっと4スター(四つ星)だったのが、2009年に客室のプロジェクトに掲げて改善に取り組んだ結果、5スターを獲得することができました。

久野嘉一

私は当初、プロジェクトメンバーとして関わり、途中からリーダーになりました。5スターになれない理由は何なのか、他社に比べて何が足りないのか徹底的に研究しました。

久野嘉一

晴れて2012年に5スターの評価を受けた時は本当にうれしかったです。

開志専門職大学

ANAには勤続何年ですか?

久野嘉一

32年です。私は、元々は整備士でしたけど、会社の異動で今のような仕事をしています。

久野嘉一

根本にあるのは、やはり、飛行機が好きだという気持ちですね。飛行機は最先端技術の結晶です。

大学時代はアルバイトに熱中し、サービス業に関心持つ 航空会社の無限の可能性に魅力。入社後のスタートは整備士から

開志専門職大学

なぜ航空会社に就職しようと思ったんですか?

久野嘉一

中学か高校の時に航空会社に勤めている伯父に話を聞き、興味を持ったのがきっかけです。

久野嘉一

大学の専攻が理系でしたので、ANAでは理系の人間は最初は整備から仕事に入っていくんです。ですから、整備士に憧れたというよりも、航空機に携われることが喜びでしたね。

久野嘉一

ただし、同期には航空専門学校を卒業した人もいて、入社時点で三等航空整備の資格を持っている人もいました。あまりにも航空機の知識に差があったので、必死に勉強しましたね。

開志専門職大学

大学の学部は何だったのですか?

久野嘉一

情報処理学部でした。私は異質だったかもしれません。

開志専門職大学

どんな大学生でしたか?

久野嘉一

アルバイトに熱心でした。飲食関係のアルバイトを通じてサービス業に興味を持ちました。

開志専門職大学

航空会社もお客様を対象にした運輸業でありサービス業ですね。

久野嘉一

私が大学生の頃はバブルの時代で、飲食業もどんどん店舗が増えていました。例えば、西武鉄道も所沢まで線路をのばした結果、所沢にプリンスホテル(西武系のホテル)ができたりしましたね。

久野嘉一

そういう運輸業とサービス業の統合にも興味を覚えました。しかし、鉄道会社だと線路がある所、つまり日本国内に可能性が限られます。

久野嘉一

航空会社に就職すれば、飛行機が飛ぶ先でビジネスが展開されるのではないか、可能性が大きいな、と思ったんです。

久野嘉一

例えば、島を買って、そこに飛行機を飛ばせて、リゾート地を造るといったこともできるんじゃないか、と。

開志専門職大学

夢があるお話ですね。

久野嘉一

エアラインに限りない可能性を感じました。

開志専門職大学

それでANAの面接は何回あったんですか?

久野嘉一

5回です。同期に聞いたら2回という人もいましたが(笑)。

会社人生で一度は違う文化を経験したい、と初めての海外赴任 機体納品時の英語のスピーチは入念に作成、暗記して本番に臨む

開志専門職大学

そして合格して整備のお仕事からスタートして客室整備、さらに2015年からボーイングへ。

開志専門職大学

海外勤務は初めてだったのですか?ご自分から希望を出したのですか?

久野嘉一

会社人生の中で一度くらいは違う文化を経験したいとはずっと思っていました。

久野嘉一

しかし、私のような技術系だとフランスのツールズにある「欧州技術駐在」と、このエベレットの「米州技術駐在」の2択ぐらいしかありません。

久野嘉一

特に希望も出していなかったので、(異動の)内示が出た時はびっくりしました。英語も得意じゃないですし。50過ぎてからの初めての海外です。

開志専門職大学

戸惑いがあったのでしょうか?

久野嘉一

若い頃ならともかく、この立場でアメリカに来るときちんと英語をしゃべらなければいけないという意識がどうしても強いですよね。

久野嘉一

ボーイングとコミュニケーションを取るためにきちんとしゃべりたい、と。そのために、本当に相手のことをちゃんと知ろうと努力しました。

久野嘉一

また、機体が納品されると、夜、ボーイングのスタッフと一緒にお祝いするパーティーが開かれるんですよ。「航空機がANAのものになっておめでとう」という意味のパーティーです。

久野嘉一

そこでボーイングのスタッフと交わす世間話が、私には非常に難しいです。技術的な問題を英語で話す方がまだ楽です。

久野嘉一

そして、そのパーティーではANA側の代表として、私に挨拶が求められるわけです。それをこれまで納品された機体の数だけ、48回やってきました。

開志専門職大学

どんなことを話すか準備をされるんですね?

久野嘉一

はい、文章を考えて、現地のスタッフに確認してもらいます。それで意見を取り入れて変更した形で、毎回、その時の状況に応じてトピックスも変えたメッセージにしています。

久野嘉一

「スピーチが長い!」とも言われますが(笑)、アドリブは自分には難しいので、完璧に覚えて、練習して本番に臨みます。

久野嘉一

最近は(人前で英語で話すことには)さすがに慣れましたが、お酒飲み過ぎて呂律が回らないこともありました(笑)。

開志専門職大学

納品された時は、ボーイング社もANAも嬉しいでしょうね。そこにたどり着くまでは、相当にこだわって点検をされるわけですよね。

久野嘉一

はい、相当こだわっています。全ての段階に当然のことながら完璧を追求します。

久野嘉一

そして、スピーチで「高い品質の飛行機に仕上がりました。とても満足です。ありがとう!」と言うと、拍手喝采です。

オンオフがはっきりしたアメリカの生活スタイルに感銘 日本帰国後も効率的な働き方ができるように改革に挑戦したい

開志専門職大学

さて、4年間のアメリカ生活も終わろうとしていますが、初めての海外生活はいかがでしたか?

久野嘉一

アメリカ生活、合ってますね。シアトルって忙しいロサンゼルスなどの都市に比べると田舎です。近年はマイクロソフトやアマゾンなどのIT産業で賑わってはいますが。まず、いい人が多いです。

久野嘉一

ボーイングの人たちも、会社としては世界に冠たる大企業なのに、人柄が素朴でまったくギスギスしたところがありません。

開志専門職大学

いい影響を受けましたか?

久野嘉一

生活スタイルが変わりましたね。ここに来る前の4年間は朝の7時過ぎには出社していました。朝礼が始まる前に必要な情報をインプットしておかなければなりませんでした。夜も当然遅かったです。

久野嘉一

一方、こっちの人は夜は遅くまで働きません。オンとオフがはっきりしています。彼らを見ていると「余暇を楽しむために仕事をしている」と思えます。

久野嘉一

どんなに忙しい時でも「夏休みにはここに行く」とバケーションの計画を楽しそうに話してくれます。

久野嘉一

日本人は忙しかったら、そんなことは言えないですよね。残業して当たり前という働き方はよくない。日本でも効率的な働き方ができるよう改革していきたいですね。

開志専門職大学

逆に海外で暮らしてみて、見えてきた日本人の良さとは?

久野嘉一

日本人はそうですね、やっぱり礼儀正しいです。自慢できるところだと思います。ただ、シャイですね。

久野嘉一

日本は基本的に諸外国に比べて外国人の比率が圧倒的に少ないこともあり、あうんの呼吸が通じるところがありきちんと伝えなくてもなんとかやってきました。

久野嘉一

しかし、こっちはちゃんと主張しないとダメです。言わないとわかってもらえません。だから、そういう点でたくましさに欠けます。相手に一歩踏み込む積極性が必要です。

開志専門職大学

良さというか、日本人に足りない点の話になってしまいました。礼儀正しいけれど、もっと積極的に意見を主張すべきだということですね。

開志専門職大学

話は変わりますが、久野さんは子どもの頃はどんなお子さんでしたか?

久野嘉一

ずっと小学校3年からテニスに打ち込んでました。福岡県はテニスが強いんですよ。私自身は小倉の出身ですが、柳川高校には松岡修造もテニス留学していました。

久野嘉一

弟は松岡さんと公式戦で対戦しています。私も北九州地区で準優勝の経験があります。とにかくテニス、テニスの毎日で、高校の時には近所にテニスクラブがオープンして、育成選手に選ばれました。

久野嘉一

特待生としてそこでの練習は無料になる代わりに、看板を背負ってテニスクラブの宣伝をするために試合に負けられない。それで学校が終わると夕方6時から深夜12時までインドアコートで毎日練習していました。

久野嘉一

父親が毎晩、車で迎えにきてくれて、その車中で聞いた城達也さんの「ジェットストリーム」というラジオ番組のことが思い出として残っています。

開志専門職大学

「ジェットストリーム」、まさに飛行機につながりますね。テニス一筋だった久野さんからすると大坂なおみ選手の活躍はどうですか?

久野嘉一

それはもう嬉しいですよ!ANAは大阪なおみ選手のスポンサーです。私から見ると異次元です(笑)。

開志専門職大学

久野さんから、これから大学に進学する皆さんに「大学の4年間でやっておくべきこと」についてアドバイスをお願いします。

久野嘉一

アルバイトばかりしていた私が言うのも何ですが、学生はやはり勉強をすべきだと思います。私自身、考えが甘かったと今は反省しています。もちろんアルバイトもいい経験でしたが。飲食業以外にもテニスのインストラクターもやっていました。

久野嘉一

ですので、学生時代は時間が足りないかもしれないけれど、友達と遊ぶこと、勉強、アルバイトなど、それらのバランスが大事です。

久野嘉一

サークルや部活動も、同じ目標を持ってそれを達成するために切磋琢磨することで、共同で物事を作り上げていくことを学べます。

開志専門職大学

開志専門職大学では、久野さんからどのようなことを特別講義で学生たちに伝えていただけますか?

久野嘉一

ここ(ボーイング)での体験談をお話しします。また、グローバルに働くために、日本人として欠けていることもお話しできると思います。いろんなことにチャレンジしていってほしいというメッセージも送りたいです。

久野嘉一

そして、ただその講義の時間を過ごすのではなく、「聞いて良かった、将来の役に立ちそうだ」と思ってもらえるように、きっちりした準備をして臨みます。皆さんの貴重な時間を頂戴するわけですから。

開志専門職大学

ありがとうございます。航空業界の裏話なども期待しています。どうぞ宜しくお願いします。

特別講師 久野嘉一氏

福岡県北九州市小倉の出身。大学卒業後に1987年、整備士としてANA(全日本空輸株式会社)入社。93年、ボーイング747の一等航空整備士の資格を取得。飛行機の客室に関する部署でキャリアを積んだ後、2015年よりワシントン州シアトル郊外のエベレットのボーイング本社内にある米州技術駐在部長としてアメリカ赴任。2019年3月末までシアトル郊外に暮らした後に4月より東京に帰任。

インタビュー:福田恵子
撮影・動画:鈴木香織

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