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米国はチャレンジができる国。日本人があらゆる分野で力を発揮できる国。 早川宗徳氏

「海外に出たい」、その一心でハワイに最初の1歩を踏み出した早川宗徳さんは、その30年後の現在、日本食を世界に広げるというミッションを掲げ、真摯にかつパワフルに前進を続けています。日本の焼肉チェーン「牛角」のブランドをアメリカ全土に知らしめた立役者であり、今はまた新たに「つるとんたん」と「KINTAN」というレストランの北米とヨーロッパにおける展開を牽引している早川さん。「私にもできたのだから、海外にチャンスがあるということを多くの人に知ってほしい」「狭い選択肢の中から決めるのではなく、選択肢を広げてから将来の夢を描いてほしい」、ロサンゼルスを一望する自宅で、日本の若い人たちに向けた熱い思いを語っていただきました。
焼肉チェーン「牛角」を15年で北米に42店舗広げる 今は「つるとんたん」と「KINTAN」の展開を北米と欧州で牽引。

開志専門職大学

早川さんのお仕事について教えてください。

早川宗徳

私は今、ニューヨークに2店舗、ロンドンに2店舗、ハワイに1店舗の日本食店を展開しています。年内(2019年)にはボストン1店舗、ロンドン3店舗目が開店して、全部で7店舗になる予定です。

早川宗徳

今手がけているのはうどんの「つるとんたん」と焼肉の「KINTAN(きんたん)」という店です。日本の食を北米とヨーロッパに広げていくということが私の使命だと思っています。

開志専門職大学

早川さんが北米とヨーロッパ地域の代表ということですが、日本に親会社があるのですね?

早川宗徳

はい、ダイニングイノベーションという会社で、日本をはじめ、シンガポール、インドネシア、カンボジア、台湾、中国、フィリピンなど海外各国にも約220店舗の日本食レストランを展開しています。

早川宗徳

私が北米とヨーロッパの代表に就いたのは2017年3月ですから2年と少しですね。

開志専門職大学

早川さんと言えば、北米に焼肉レストランチェーン「牛角」の店舗を広げた立役者と伺っています。牛角時代のお話を聞かせていただけますか?

早川宗徳

北米の牛角の代表を退任するまでの18年間で、42店を開けました。ただし、最初の3年間は試行錯誤の時期だったので、実質的には15年間で42店(2019年6月現在は55店舗)を展開したことになります。

開志専門職大学

凄いスピードですね。成功の秘訣は何だったのでしょうか?

早川宗徳

徹底的なローカライゼーション(現地化)です。現地に合ったものを作り上げて提供する、ということです。

開志専門職大学

日本で提供しているスタイルだとアメリカでは難しいということですか?

早川宗徳

日本人が好む形の商品やサービスを提供する場合、やはり日本人に好まれることになります。その場合、アメリカでのビジネスの可能性は、日本人が多い大都市に限られてしまいます。

開志専門職大学

なるほど、アメリカ人に受け入れられなければ大きなチャンスにつながらない、ということですね?

早川宗徳

そうなんです。アメリカ人に好まれる形に変えていくことがポイントになります。

開志専門職大学

具体的に牛角ではどのような工夫をされたのですか?

早川宗徳

まず、アメリカ人は焼肉という食べ物を全く知らないので、アメリカ人が好む部位のお肉、フィレやサーロインなどもメニューに加えました。

開志専門職大学

日本の焼肉では確かに一般的ではないかもしれないですね。

早川宗徳

タレに関しても、アメリカ人が好む甘い味のものをセレクションに入れました。お肉以外にも野菜やシーフードもセレクションを増やしました。

早川宗徳

アメリカ人は日本の焼肉について全く知りません。ですから、オーダーの方法も分かりやすくお教えできるように、従業員の教育も重要でした。

世界選手権にも出場した自転車競技をきっかけに海外に憧れ抱く 20歳でハワイへ、レストランの食器係から始めて貿易会社を起業。

開志専門職大学

18年間で大きな達成感を得られたのでは?

早川宗徳

大変でしたけれど、挑戦すること自体が非常に楽しかったですね。

開志専門職大学

現在は牛角を退任されて、新たにうどんのつるとんたんと焼肉のKINTANを展開されているのですね。早川さんにとっての新たな挑戦が始まったのですね。

開志専門職大学

さて、もともと早川さんは牛角を手がけるためにアメリカに来たのですか?

早川宗徳

いいえ、20歳の時にハワイに渡りました。以来30年間、ずっとアメリカです。

開志専門職大学

ハワイに行った理由は?

早川宗徳

小学生の時にBMXという自転車競技を始めました。十代の頃には日本代表として世界選手権にも出場しました。16歳の時にはカナダのウィスラーで開かれた世界選手権出場のために現地にしばらく滞在しました。

早川宗徳

その時の経験がきっかけで海外に憧れるようになったのです。

開志専門職大学

ではなぜ、アメリカ本土ではなくてハワイに?

早川宗徳

海外に出てチャレンジしたいと思ったのですが、ハワイの方がアメリカ本土より日本に近いこと、また本土に行くまでのお金もなかったことが理由です。サイパンやグアムだと本土からは遠くなってしまいますしね(笑)。

開志専門職大学

思い切って日本を出たのですね。

早川宗徳

若気の至りと言いますか、失敗しても戻ってくればいいという気持ちでした。そのままずっと残ることになりましたが。

開志専門職大学

ハワイで感じた最初の壁とは?

早川宗徳

ハワイはアジア系の人や日系人が多いので、本土ほどの違いはないですが、それでも文化の違いを感じましたね。例えば、スーパーのレジでお客さんを待たせたら、日本なら「お待たせして申し訳ありません」という態度になりますよね。

早川宗徳

でも、この国ではお客さんを待たせていても、レジの店員は全く変わりなく「はい、次」といった感じなのです。

早川宗徳

そういう光景を見るたびに、「日本だったらこうなのに…」と思うことがたくさんありましたが、この国に来た以上、自分がアジャスト(適応)できるようにならなければと、途中から気持ちを改めました。

開志専門職大学

ハワイではどういう仕事を?

早川宗徳

最初はレストランのバスボーイ(食器を片付ける仕事)から始めて、さらにウェイターになりました。その後、貿易関係の会社を自分で立ち上げて、数年で経営が順調にいくようになり就労ビザが取れました。

早川宗徳

実はハワイに渡って1年後には結婚もしたのですが、普通の生活ができるようになったのは27歳の頃だったと思います。

31歳で「牛角」創業者との出会いで転機訪れる 「人に喜ばれる仕事」に携わるために外食業界へ。

開志専門職大学

そんな早川さんの生活に転機が訪れるのですね?

早川宗徳

31歳の時に、日本の先輩から「ハワイにお店を出したい人がそっちに行くから案内を頼む」と連絡が入りました。それで空港に迎えに行ったんですね。ハワイを案内して、最後の日に「よかったらハワイに店を出すときに一緒にやらないか?」と声をかけられました。

開志専門職大学

もしかして、その方が?

早川宗徳

牛角創業者の西山知義です。

開志専門職大学

その話を受けたのですか?

早川宗徳

実はその時の私は外食産業に興味がなかったんです。自分で起こした会社も順調でしたし。

開志専門職大学

では、どうして気が変わったんでしょうか?

早川宗徳

西山に「あなたの今の仕事は人に必要とされていることですか? 感謝されていますか?」と問いかけられたんです。彼(西山さん)は最初、不動産の仕事をしていました。

早川宗徳

しかし、焼肉屋として成功したときに「それまで高価だった焼肉の価格帯を下げて、多くの人に喜んでもらえた、人に必要とされた」という手応えを感じたそうなのです。

早川宗徳

「日本から焼肉屋をハワイに持って来て、それでお世話になったハワイの人たちに喜んでもらえるではないか? ありがとう、と言われるような仕事をしてみないか」と西山に説得されました。

開志専門職大学

そこで決断されたのですね。

早川宗徳

はい、32歳の時にそれまでの自営業から、アメリカの牛角の社長になりました。ハワイの店は比較的早く軌道に乗りましたので、33歳で牛角を展開するためにロサンゼルスに移ってきました。

開志専門職大学

はい、32歳の時にそれまでの自営業から、アメリカの牛角の社長になりました。ハワイの店は比較的早く軌道に乗りましたので、33歳で牛角を展開するためにロサンゼルスに移ってきました。

早川宗徳

社員の95%がアメリカ人でした。

開志専門職大学

それまでにハワイに13年間いらしたわけですから、英語の苦労はなかったのでしょうか?

早川宗徳

実はハワイではそれほど(英語は)必要ではなかったです。ところが牛角では社員とコミュニケーションを図るために英語をしゃべらざるを得ない、という状況に追い込まれました。

開志専門職大学

勉強したんですね?

早川宗徳

ほぼ独学です。しかし、英語を勉強しようという目的だったらうまくいかなかったと思うけど、目的は「社員とコミュニケーションを取る」ということで英語が手段となり、彼らとやりとりすることでどんどんしゃべれるようになりました。でも、言葉に関しては、もちろん今でも苦労していますよ(笑)。

アメリカ人社員との共通の認識を抱くために 勉強会通じて徹底的なコミュニケーションを図った。

開志専門職大学

言葉以外にアメリカ人の従業員とやりとりする中で苦労されたこととは?

早川宗徳

やはり、感覚や価値観が違うわけですよ。しかし、会社経営や日本食を伝えていくために、自分たちが一緒になってどのような会社経営をしていくのか、どのような日本食を提供していくのかという目標を統一する必要がありました。

開志専門職大学

そのために何をしたのですか?

早川宗徳

頻繁に勉強会を開きました。どういう心根で仕事をしていくのか、日本食を提供していくのか、それについて考えることが目的です。

早川宗徳

その勉強会を重ねていくうちに、皆の考え方が整ってきました。そして、一つの方向に向かっていけるようになったと感じました。

早川宗徳

日本人同士だと、「全部言わなくてもわかるでしょう」という雰囲気がありますね。でもアメリカ人にそれは通じません。100言っても、半分しか伝わってないことも珍しくありません。

早川宗徳

ですからアメリカの経営を通じて、コミュニケーションの重要性をひしひしと実感しましたね。

早川宗徳

「伝わらないから諦める」ではダメなんです。地道に勉強会やミーティングを重ねていくことで心が一つになるときがやってきます。

早川宗徳

例えて言えばサッカーチームのようなものです。いろんな人種のいろんな背景を持った選手が1つのチームでプレイします。それでも「勝利」という同じ目標に向かって練習を重ねていくことで、心は一つになるのです。

開志専門職大学

では、早川さんにとってアメリカで働く醍醐味とは?

早川宗徳

日本で培った常識が通じないからこそ、新しいことが吸収できることが楽しい、という点に尽きますね。また、アメリカ人に限らず、ここで働く人たちは自分の意見をどんどんぶつけて来ます。

早川宗徳

お客様に喜ばれるためにはどうしたらいいだろうか、という視点でアイデアを持ち寄ることで、商売がどんどん良くなっていきます。

早川宗徳

アメリカでは「自分はこう思う」ということをきちんと表明できれば、その実現に関して任せてもらえる、そこが醍醐味じゃないかな、と感じています。

責任感、仕事の細かさ、相手の立場で考えられること 日本人の素晴らしさに気付き自信を持ってもらえる手伝いがしたい。

開志専門職大学

話を子ども時代に戻します。どんな子どもでしたか?

早川宗徳

兵庫の伊丹市で育ったのですが、いろんなことに興味を持ち、興味を持ったらすぐに行動する落ち着きのない(笑)子どもでしたね。

開志専門職大学

将来は何になりたいと思っていましたか?

早川宗徳

医者になりたいとかパイロットだとか、具体的な夢は特にありませんでした。とにかく成功してお金持ちになりたいとは思っていました。でも、それをどうやって手に入れるのかというところまでは理解していませんでした。

早川宗徳

夢に至る選択肢を知らなかったんですね。だから若い人に選択肢を示してあげることは大切だと思います。

開志専門職大学

高校では?

早川宗徳

勉強に興味がありませんでした。当時、浜田省吾や尾崎豊のような「自分らしさ」をテーマにした歌が流行っていて、自分もそれに影響されて、勉強しなくても俺は絶対にやってやる!とカッコつけた高校生でしたね(笑)。

開志専門職大学

今の日本の若い人たち、例えばこれから大学に進学する人たちにアドバイスするとしたら何と言いますか?

早川宗徳

まず、できるだけ日本に来ている外国人留学生に接する、また海外旅行をすることで、日本以外の国にはこんな暮らしや考え方、価値観があるんだということを若いうちに確認しておくことを勧めます。

早川宗徳

将来を決めるときに、日本にある選択肢の中から選んでいたらそれは非常に限定されたものになります。世界のことをいろいろ知っていれば、それだけ選択肢が広がることになります。

早川宗徳

私自身、アメリカに来ていろんな人種の人々と触れたことで、考え方や生活の枠が大きく広がりました。

早川宗徳

その経験をした上(海外を見た上)で、日本が好きなら当然それでいいのです。

早川宗徳

アメリカで生まれ育った私の息子は今、日本の大学で学んでいます。こちらの大学に2年まで通って、それから日本の生活も経験したいということで日本の4年制大学に行きました。現在のところ、彼はまたアメリカに戻って来て、こちらで大学院に進学する計画のようです。

開志専門職大学

息子さんの場合は逆にアメリカで生まれ育ったからアメリカで暮らすと決めたわけではなく、日本で学校に通うことで選択肢を広げたわけですね。

開志専門職大学

では、早川さんご自身の今後の目標を教えてください。

早川宗徳

既にアメリカ人やヨーロッパの人々に知られている寿司、天ぷらに限らず、できるだけたくさんの日本食を欧米に普及させ、日本食のおいしさや日本のサービスの素晴らしさを広めることです。

早川宗徳

さらに、自分自身、アメリカに渡って手探りで挑戦してきたことをベースに、これからアメリカに来る人たちやお店を開けたいと思っている人たちに成功してもらえるように、アドバイスしていけるような立場になれればと考えています。

早川宗徳

それから、ぜひ日本人に自信を持ってもらい、日本人が世界で通用するということを知ってもらうためのお手伝いをしたいです。

早川宗徳

日本人の素晴らしさは勤勉なこと、責任感が強いこと、仕事が細かいこと、相手の立場に立って物事を考えられることです。

早川宗徳

他の国の人より長けていることが本当にたくさんあります。しかし、主張が得意ではありません。日本人はこういうとことが強いとしっかり確認し、自信を持ってもらえるような教育などに関われたらと思っています。

開志専門職大学

最後に、開志専門職大学での特別講義でどのようなことをお話いただけますか?

早川宗徳

日本の若い人はもしかしたら、自分は海外では活躍できないと思い込んでいるかもしれません。でも、現地に行ってみないと分からないことはたくさんあります。こんな私でもアメリカで成功体験を積むことができました。

早川宗徳

ここは本当にチャレンジできる国であり、日本人があらゆる分野で力を発揮できる国です。特別講義という機会をいただき、皆さんにそのことを伝えるメッセンジャーになりたいと思っています。

特別講師 早川宗徳(としのり)氏
ダイニングイノベーションUSA President/CEO

1968年大阪府生まれ、兵庫県育ち。高校卒業後、専門学校を経て旅行会社に就職。1990年渡米し、ハワイの日本食レストランで働き始める。1995年、貿易会社を起こし、2001年「牛角」の創業者、西山知義氏との出会いを通じてレインズインターナショナルUSAを設立。全米に「牛角」を42店舗展開した後に同社社長を退任し、現職のダイニングイノベーションUSA President/CEOに就任。ロサンゼルス郊外在住。

インタビュー:福田恵子
撮影・動画:安部陽二

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